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魚沼産コシヒカリや、松阪牛は確かにおいしいものです。このようなブランド志向は一見くだらないもののようにも思えますが、ブランド力のフィードバック効果から、本当においしくなります。
しかし、松阪市の隣町や魚沼郡の隣村で取れたものよりもずっとおいしい、などというバカなことがあるのでしょうか。これは、大いにあり得ます。
水や気候が農畜産物の味に多大な影響を与えることは疑いがありません。だからといって、魚沼地域ととなり村の郡境を超えると水や気候が全く変わるのかと言えば、そうではないでしょう。普通、郡境や県境は人間が勝手にひいたもので、自然までがある境界線をもって非連続的にガタッと変わるわけではありません。
しかし、農畜産物の味に影響を与えるのは水や気候だけではありません。手間とお金のかけ方が、大きくその味を左右します。おおざっぱに言えば、手間をかければかけるだけおいしくなり、肥料・飼料・設備その他にお金をかければかけるだけ味が良くなるわけです。
魚沼や松坂以外でもおいしい米や牛肉は作れます。松阪牛ほど高く売れるのであれば松阪牛ぐらい手間をかけて育てるでしょう。しかし、結果としてそれほど高く売れないのであれば、手間をかけるのはバカバカしくなります。
これは一見するとニワトリとタマゴの理論のようにも思えます。しかし、国産牛肉の全て、国産米の全てが松阪牛・魚沼産のように高くなるわけにはいきません。超高級の農畜産物は、一定の割合以下に落ち着くはずです。市場には、おいしい食材に金を惜しまない人と、安いものを好む人とが混在するからです。このため、一旦ブランドを構築して、高値で販売できるようになると、どんどん手間暇とお金(エサ代、肥料代など)をかけることができるようになります。
このような理由から、県境や市町村境界を境に、農畜産物の味が明らかに変わるということは起こりえるわけです。
同じことは、シャンパンにも言えます。シャンパンに近いスパークリングワインはありますが、やはりシャンパンにはかないません。シャンパンより高く売ることができないからだと言えます。鞄や服と同じことです。ブランド品は高く売れるから縫製にも金をかけているわけで、安物を作っている工場に技術がないとは一概に言い切れません。
しかし、ブランド和牛やブランド米としての名声を高めることが必ずしも成功というわけではありません。手間をかけたものが高く売れるのは当たり前です。手間をかけた以上に高く売れなくてはならないのです。経済的な観点からは、手間とお金のかからない方法で農畜産物を生産して利益率を追求する、という方法も同じく、戦略としては大変有効なわけです。
ブランド農畜産物が経済的に高価であることはまた、消費者にも直接的な影響力を持ちます。ふだん安い米を食べている消費者が、たまに気まぐれや頂き物で、高価な魚沼産コシヒカリを家で炊く機会ができたとします。すると、せっかくおいしい米だからと言うことで、普段より気合いを入れて炊くことになるでしょう。念入りな研ぎ方、絶妙な水加減、炊く前に十分吸水させる、適切な蒸らし方など、おいしく炊きあげることに余念がなくなります。
同様に、高価な肉を焼くときなら、叩き具合から焼き加減まで、決して手を抜かず失敗のないようにするでしょう。ブランド食品をおいしくしているのは、消費者自身であるとも言えます。