温泉旅館を利用するに当たって、宿泊客から見ると非常に重要であるにもかかわらず、全く指標化されないのが、
宿泊客一人あたりの浴槽面積
である。料理やサービスの質、部屋の広さや設備なども重要かもしれないが、温泉旅館を「温泉」旅館として利用するなら、最も重要なのは主役である温泉の「泉質」と、これの、二つである。
風呂の快適性は、混雑度に大きく左右される。風呂のリラックス効果は混雑度と直結していると言っても良い。たまに広い風呂に独占状態で入ると、とてつもない開放感が得られる。逆に、最悪なのは体を洗う“洗い場”が人でいっぱいで、浴槽でうだりながら、空くのを待たなければならない状態だ。
私が言っている内容は、湯治場とは無縁かもしれない。湯治に関しては泉質こそ命であり、洗い場など存在していないくらいの方がむしろ湯治場らしい。混んでいるかどうかもあまり関係ない。しかし現代人は、湯治と言うよりもリラックスと快適性を求めて温泉旅館に行くのではないだろうか。
湧出する湯量の問題もあるため、「一人当たり浴槽面積」を指標化して開示するのは、宿と宿の競争において決して公平な土俵ではない。経営者の努力だけでは改善できない、いわば「厳しい現実」と言ったところだからだ。
われわれ宿泊客から見れば、ガイドブックやパンフレットの風呂の写真を見て「良さそうだ」と思ったり、風呂の数の記述を見たりしても、広角レンズなどの効果もあり、一人あたりの浴槽面積はよく分からない。利用する立場からすれば、これは泉温や成分と同じように公表して欲しいものである。私が最も望むのは、旅行代理店や雑誌・ガイドブックを通じて、この指標が容易に分かるようになることだ。
もちろん、難しい面もある。旅館はひとつの部屋に泊まる人数が変動するため、単純に収容人数で浴槽面積を割って良いのかという問題がひとつだ。また、たまたま女性客が多く泊まった日は、女湯だけが混雑する、といった問題も生じる。しかし、まじめに取り組めば全く解決のできない問題ではないだろう。指標は目安であり、公平でありさえすれば過剰に正確であることを求める必要もない。
とりあえずできるところからということで、「一人あたり浴槽面積」を自慢できる立場にある宿は、大いにそれを前面に出してアピールするようになればいいのだ。安いガソリンスタンドだけが価格を大きく表示するのと同じだ。アピールするべきポイントは、アピールすればよいというわけである。