最近腹の立つこと
液晶のドット欠けに対して前向きな対応をせよ
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2002.7.31
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液晶ディスプレイは高度な技術で作られており、一部に点灯しないドットや常時点灯するドットが存在する場合があります。これらは故障ではありませんので、予めご了承ください。
液晶ノートパソコンや液晶ディスプレイなどを購入すると、たいていこういう注意書きが書いてある。「点灯しないドット」は、常に黒い点に見え、「常時点灯するドット」は、常に明るい光点として見える。不良画素、いわゆる「ドット欠け」だ。これを不良品といわずになんと呼ぶ?という気がする。各メーカーが一斉にこんなことを言い始めたのは、「非加熱のビールは全部《生》と呼びましょう」と決めてしまったビール業界に近いものを感じる。
メーカーがこういう理由もよく分かる。本当は不良品と言えば不良品なのだが、これでいちいち交換しているとかなりの率で交換しなくてはならなくなる。それでは採算性にも響く。要は「交換には応じないよ」ということだ。
しかし消費者としてはこれは全く「運」の問題になってしまい、当たりかハズレかは買ってみないと分からないし、ハズレだったら泣き寝入りだ。この状態は良くない。不公平である。こうなっているのはメーカーと小売店の怠慢のせいだと私は思う。まだ技術が良くないために、不良画素が存在してしまうことは仕方のないことだ。要はこれをどのように扱うかという問題なのである。言い換えると、技術部門ではなくセールス部門の怠慢だ。
不良画素が存在するものとそうでないものが存在し、たいていの人が前者を望むというのは紛れもない事実である。だとすれば、これは価格を変えるべきなのだ。これが私の主張である。
購入後しばらくしてから壊れるのならともかく、不良画素の多くは、スイッチを入れればすぐ分かるものだ。たとえば食器を買うとき、服を買うとき、我々は店頭で全く同じ製品のいくつかの店頭在庫を比較し、比較的きれいで瑕疵のないものを買うだろう。だがノートパソコンや液晶ディスプレイは、箱に梱包され、しかも店の奥に在庫があり、客が不良画素の存在を確かめることができない。それをいいことに価格による差別化を怠っているように思えてならない。
本当なら、これは小売店レベルでもできることだ。店の奥であらかじめ不良画素があるものとないものを分けておき、シリアル番号を控えておく。そして、不良画素のないものは高めに、不良画素のあるものは安めに売る。どちらも需要はあるはずだ。必要ならお買い上げ時に店頭で電源を入れ、お客様に目で確認してもらう。
こういう売り方をすれば、不良画素が絶対にイヤな客は(大抵の個人客はそうだと思うが)このお店で買うようになるだろう。また、安いものを望む人や、特に、企業などが従業員のために買うパソコンなどは、不良画素の存在など全然気にしないだろう。こういうことをすれば店としては確実に売り上げを伸ばすと思うのである。もっとも、メーカーの有形無形の圧力でこれをできない可能性もあるが……。
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