最近腹の立つこと
棄権票は投票所で
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2002.5.1
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私は、前にも「投票に行かない人は、選挙速報など見るな」というトピックを通じて、投票に行かない人たちへの批判を展開した。しかし、「投票しなくても、選挙速報を見る権利はある」という反論はたびたび受ける。現実問題としては確かにその通りだ。
しかし私は、「誰が当選したってどうせ変わらないからね」等と言って投票をさぼる人のことを、どうしても放っておけない。こういう人たちは、分かったようなことを言ってるようだが、結果的な行動は、政治に無関心な層と変わらないのだ。投票をさぼるイイワケでこんな風に言ってもらっては困る。
もし日本の政治に対する熱い思いがあるにも関わらず、「投票したいと思う候補者がいない」「誰に投票してもどうせ日本は変わらない」と考えていて棄権するのなら、投票所まで行って、白紙投票をするべきなのだ。これならハッキリと、政治不信等の抗議表明になる。しかし、投票所に行かないのは、ただのサボリに過ぎない。
このことをはっきりさせるためにも、投票用紙に「投票したい候補者ナシ」という欄を設けて欲しい。投票率が低いだけでは、政治家は「みんな政治に無関心なんだな」と受け止めるだけである。しかし、「投票したい候補者ナシ」が票数を伸ばせば、さすがに候補者たちもその事実を真摯に受け止めざるを得ないはずだ。わざわざ投票所にまで来て、有権者が拒絶の意志表示をするのである。これは、極めて強い意志表示であり、能動的な政治参加だ。
仮に与党が過半数の議席を得て圧倒的勝利をしたとしよう。この場合でも、「投票したい候補者ナシ」という票が、与党への投票を上回っていたなら、内閣・与党は責任を問われることになるだろう。
投票に行った人が投票に行かなかった人に「へぇ〜、あんな候補者の中に投票したい人がいるんだ? 私はイヤだなぁどの人も」などと言うケースさえある。投票に行かないクセに偉そうに政治を語る人を、私は黙って見ていることはできない。投票所でしっかり「投票したい候補者ナシ」の意志表示をでき、それが集計対象になれば、そんな連中のイイワケの道をふさぐ意味でも有効である。
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