最近腹の立つこと
年賀ハガキの売切れが示す郵便事業独占の弊害
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なぜ懸賞付き年賀ハガキは、毎年売り切れてしまうのか。この問題こそ、郵政省による郵便事業の独占の弊害を指摘する恰好のネタである。「懸賞付き年賀ハガキは売り切れるものだ」と当たり前に受け止めたり、「早めに買えばすむことだ」と考えていたりしてはいけない。
需要予測に基づく製品生産を行い、その在庫リスクを供給側が負うというのは、資本主義社会では当たり前のことである。懸賞付き年賀ハガキも当然そうであるべきだ。
まして、懸賞付き年賀ハガキは最も需要予測の立てやすい商品である。人気テレビゲームのソフトなら需要予測の困難さと半導体供給の不十分さから、品切れがおきても仕方がないかもしれない。それに比べると、懸賞付き年賀ハガキは本来最も品切れが起こりにくいハズの商品だ(もちろん、時期を過ぎると全く売れなくなる商品でもあるが)。
もちろん実際に懸賞付き年賀ハガキが日本中で売り切れているわけではないかもしれない。つまり私の指摘は、市場原理にもまれていない流通体系についても同時に非難するものだ。要するに、各郵便局の窓口に、多少の売れ残りが出る程度に始めから配分しておくのが郵政省の本来やるべきことなのだ。競争的な市場なら、当然そうなる。
郵政省のだらしなさが、そのまま「柄入り年賀ハガキ」の流通につながっている。懸賞付き年賀ハガキに柄と文面を印刷したものが高価に売られている。ああいう物が出回る原理は、ダフ屋の出現のそれと全く同じだ。確かに無地の年賀ハガキが売れてしまっても柄入りなら入手できる。私は「柄入り年賀ハガキ」の業界と郵政当局の癒着まで想像せざるを得なくなってしまう。
※実際のところ、私は競争的な市場であれば本当に売り切れが生じないかそれほど自信がもてないでいる。昼時に必ず弁当が売り切れるコンビニエンスストアは、在庫リスクを負っていないわけだ。もっともハガキはそれ自体の価値は低く配送して初めて大きなコストが生じるという、かなりの事情の違いがある。
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