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もう少し広い部屋に引越そうと思って、物件を探していました。最近、敷金や礼金を取らない物件が増えているのですね。
そのようだ。誠にとんでもないことだ。
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なぜですか?
誰だって、自分のものだと思えば大切に使う。
では、賃貸住宅に住む入居者が、なぜ自分のものでもない部屋を大切に使うのか? 敷金をちゃんと返して欲しいからこそ、大切に使おうとするのである。
貸主の側から見れば、部屋を一旦貸してしまえば、退居するまでは原則として部屋を覗くことも掃除することもできないから、口うるさく言うおうにも言えない。だからといって人のものだと思って、やりたい放題されては困るのである。
当然、自分のものじゃないからといって乱暴に扱うのは、社会的に見ても好ましいことではない。全人類がモノを大切にするのが社会の理想だ。
よって、敷金は2ヶ月だって少なすぎるくらいである。むしろ入居者にとって、返ってこないと少々手痛いぐらいの額でなければ、敷金本来の意味がないと言っても良いだろう。家賃が5万円以下の物件であっても、最低10万円は預かった方が良い。
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しかし、賃貸住宅にも競争があります。そんなことでは、借り手が付かないのではないですか?
だから、これは法令等によって一律に決めるべきなのである。最低敷金を、賃料の5ヶ月分または20万円の、多い方とする、等。敷金を下げるという方法による競争は、あってはならない。
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そうですか。では、礼金の方はどうですか?
礼金に至っては、全く以て、ゼロ円など問題外だ。こちらなど、公正取引委員会が厳しく取り締まるべきものである。
大体、賃貸住宅において入退居が発生すれば、それだけでコストが発生するのである。募集、クリーニング、契約事務、等々。従って、賃貸住宅とはそもそも、初期費用と毎月の賃料という2本立ての料金体系になっているのが健全なのである。礼金とは、この初期費用が名前を変えただけのことである。
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しかし、そのコストを貸主が負担して、募集を有利にするというのは、自由競争としては一つの戦略として有効なのではないですか?
礼金ゼロの物件で、本当にそのコストを貸主が負担していると思っているのか?
そんなものは、毎月の賃料に薄く上乗せされていると考えるのが当然だろう。
これは、初期費用を低く見せかけるための歪んだ価格体系である。適正な受益者負担という観点から、まったく公正ではない。たとえば、3ヶ月おきに家を住み替える引越狂のような人と、5年ごとに住み替える人とで、負担が同じなのはおかしいではないか。
こういういびつな価格体系は、消費者をいたずらに惑わし、結果として借主にとっても貸主にとっても不幸な状況に陥るのである。自由競争によって避けがたくその状態に移行してしまうのなら、「市場の失敗」と割り切って、法規制するのがよいのだ。
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しかし、世の中の流れに逆行するご意見だと思います。
そんなことはない。初期費用を安く見せかけ、月々で回収するような商売は、トラブルの温床なのである。たとえば、業者からすれば、短期で解約されると赤字なので、あの手この手で解約を阻止しようとする等だ。
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そういえばつい先日、似たようなニュースがありましたね。携帯電話は端末価格を低く抑えて、その分を基本料金や通話料で回収してきましたが、そのモデルについても総務省がようやく待ったをかけたところだとか。
敷金と礼金が前世紀の悪しき商慣行のように感じられるのは、その呼称の古めかしさが主たる原因なのだろう。しかし、その本質は誠に合理的なものなのであり、昔の人の知恵のたまものなのである。