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投票に行こうにも、どの政治家が信用できるのか全く分かりません。政治とカネの問題は後を絶たないし、なんだか潔白な候補者など居ないような気がしてきます。
ははは、潔白だけが政治家の適性ではないよ。日本は報道機関がすぐに、カネや女性問題などスキャンダルを見つけては、政治家を吊し上げて失脚に追い込む。しかし、元来、政治家には或る程度のずるがしこさが必要なのだ。
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なぜですか? 税金の使い道や、日本の未来をゆだねるのに、信頼に足る人物でなければならないと思います。
それは、もちろんだ。だが、政治家、まして首相や閣僚というのは、国際社会の中での日本の地位を向上させる使命もある。当然、バカ正直ならいいというものではない。ずるがしこさ、したたかさ、老獪さが必要なのである。ちょっとぐらい外国を出し抜いて自国を有利に導いてくれるだけの器量と度量こそが求められる。なんの瑕疵もない人生を歩んできた者よりも、悪事を含めいろいろな経験を詰んできた人の方がふさわしいことだってある。
諸外国の、海千山千の指導者と渡り合って負けないだけの駆け引きをしてもらわなくてはいけない。これは、バカ正直な人には到底出来ないことである。
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なるほど。確かにバカ正直は困りますね。
しかし、報道各社の姿勢や、世論を見ていると、まるで、バカ正直なことこそがすばらしい政治家であるかのようではないか。そんなことで、本当に有能な指導者の芽を摘んでしまい、清廉潔白こそ政治家の必要条件かのようにしていては、日本は国際社会において、「正直者がバカを見る」を実演し続けることにしかなるまい。
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というか、確かに日本は「正直者がバカを見る」そのものですね。
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しかし、だからと言って汚職や数々の問題に目をつぶるというのもおかしな話ではないですか。対外国では老獪さが必要でも、対国民で老獪なのは困ります。
これらは表裏一体で切り離しにくいだろう。だから、程度の問題なのである。あまりに細かい問題でつついて引きずり下ろしてばかりいると、残るのは「潔白だけが取り柄」という無能な人間だけになってしまいかねない。
もっとも、本当に老獪さを極めれば、悪事が明るみ出てしまうような過ちは犯さないだろう。そういう意味で、野党や週刊誌にスキャンダルをつつかれるようでは、スキャンダルそのものが悪いというよりも、老獪さがまだ足りないという意味において、政治家としての適性が問題になるとも考えられよう。