----先生、私はどうもここのところ体調が思わしくないので、ちょっと総合病院に検査を受けに行ってきます。
そうか、それならいろいろ用意していかなくてはいけないね。
----といっても保険証と財布ぐらいではないのですか?
そんなことない。病院を甘く見てはいけない。軽い気持ちで検査に行ったらそのまま緊急入院になって、家に戻れないということだってある。
----は、はあ。まあ確かにそうですが。
病院の「有無を言わせなさ」は、警察と同じだ。突然警察に捕まえられて、勾留されるのと非常に似ている。家に着替えに帰る猶予など全くなしだ。そうでなくとも、入院生活と刑務所はかなり共通点がある。
----そ、そこまで言いますか。
懲役や禁錮などの刑はいわゆる「自由刑」という分類だ。鞭打ちなどの「身体刑」、罰金などの「財産刑」に対し、身体の自由を奪うことが目的の刑が懲役・禁錮・拘留といったものだ。
----それはわかりますが……
入院生活を考えてみなさい。
出歩けない。決められた消灯時間。好きな時間に風呂に入れないばかりか毎日入れてさえもらえない。飯はまずいしロクに選べない。面会時間も決められている。刑務所そっくりじゃないか。
実際、入院には自由を奪う目的もある。家にいて安静にしてないために病気が治らないなら、病院に監禁するしかない。
----では、着替えや歯ブラシなど身の回りのものを持って検査に行きましょうか。いささか大げさな気もしますけど。
そうだ。そして、ぜひとも自殺のための道具も持って行きなさい。刃物、毒薬、首をくくるためのロープ。病院で練炭を焚くのはちょっと難しいかもしれないが。
----ちょっと先生、なんで自殺の用意なんて!
バカにしてはいけない。日本では、年間に1万人が、病苦を理由に自殺している。自殺全体の実に47.3%(S63年統計)を「病苦」が占めるのだ。これらの人は、安楽死をさせてもらえないために大変苦しみながら、自殺を選んだに違いない。
しかし、入院してからでは自殺の道具を手に入れるのは難しい。自殺の道具がないために自殺できない人も、この統計が示す数の裏に隠れて相当数いたはずだ。
刑務所で自殺するのが大変なように、病院で自殺するのも大変なんだ。
入院してからでは遅いのだ。君を見舞いに来る人に頼んだって、絶対に自殺用品は持ってきてはくれまい。