(T氏を囲む夕べで、一人ずつ自己紹介をした後にT氏が語ることには。)
私が決して忘れることのない言葉の一つに、あるイギリス人の会話教師が言ったものがある。「読書とか、音楽鑑賞とか、そういったものは趣味(hobby)ではない。そんなのは、誰だってやることじゃないか。趣味(hobby)とは、もっと変わったものを指すのだ」
趣味と聞かれて「読書」とか「音楽鑑賞」と答える人に対して、私は「ああこの人は趣味がないのだな」というように理解する。「映画鑑賞」も同じだ。
特に若い女性に多いが、「あー私、映画好きー」などと言う者が多い。そんなのは何も言ってないに等しい。そいつは、「あー私、食べ物好きー」と言ってるのと同じようなものだ。そんなことを言う連中は、「面白い映画が好き」なだけで、「おいしい食べ物が好き」という当たり前のことを言っているのと何ら変わらないのだ。
面白い映画なら、誰だって好きだ。映画鑑賞が趣味というなら、面白くない映画でさえ見る覚悟がなくてはならない。私の友人の一人は、彼こそ本当に「映画がが好きだ」と言って良い類だ。彼は、「映画見るのが趣味」とほざく連中のことなどほとんど相手にしていない。どんな知識にしても、彼にかなうことなどないし、彼にしてみればそんな輩は「映画がが好き」には入らないのだ。だから、彼は「映画が好き」なんていう言葉を聞くと内心「またか」とうんざりしている。彼は、どんなにつまらないとあらかじめ分かっている映画でさえ、一日に数本をノルマのようにして、早送りしたい衝動を抑えながら見ていた。奴さん、とうとう死んじまったがね。
同じような理由から、やはり「読書が趣味」とか「音楽鑑賞が趣味」と言うなら、それなりの覚悟を持って言って欲しい。せめてジャンルを絞るか、たとえつまらなくても全ジャンルをこなすのか。誰だって本も読むし音楽だって聞くのだから、「宇多田ヒカルが好き」とかいう程度で「音楽鑑賞が趣味」だなんて、ちゃんちゃらおかしいことなのだ。同じ理由から、「旅行が趣味」なんて言うのも、滅多に口にできないはずのことだ。
暇な週末にビデオを借りてきて見たり、一年に十数本映画を見に行くくらいで、「映画鑑賞が趣味だ」なんて言う資格はない。「趣味なんてないんだけど、敢えて言えば、暇なときに映画見たりするかなー」と言うにとどめてほしい。
このような事態の背景には、「趣味」という言葉がインフレを起こしていることがある。誰でも「趣味」があって当然という考え方がおかしいのだ。履歴書に「趣味」という欄があるが、堂々と「なし」と書いても良いはずなのだ。なぜならばほとんどの場合、「趣味」という言葉が使われるときに指す内容は、「暇なときに何をすることが多いか」という程度のことでしかない。