今日は電車も混んでいて、ずっと立ち通しでくたびれた。私のような年寄りを見ても、誰も席を譲ろうとせん。
——
それはそれは。シルバーシートも譲ってもらえなかったのですか?
シルバーシートは、すでに年寄りで満席だった。さすがに私も、他の老人をどかしてまで座ろうとはせん。
——
「シルバーシートなんてものは不要で、マナーさえ良ければ、全席が優先席。シルバーシートでなくても譲るのが当たり前だ」なんていう意見も聞きますね。先生は、どう思いますか?
マナーもへったくれもないだろう、現代の若者に。こんなものはもう、優先席やマナー意識などに任せていたって、ダメだということだ。
——
じゃあ、どうすればいいのですか? 席は全部、有料にするとか?
これはもう、マンパワーに頼るしかないだろう。車掌とまでは言わないが、鉄道OBのような人からボランティアを募って、風紀委員として乗り込んでもらうのが、確実だ。
——
それで何をするのですか?
車内を常に巡回し、いちいち注意するのだ。立っている年寄りを見たら、近くの座っている乗客に「あちらのお年寄りに席を譲りなさい」と、名指しで促す。そして「さ、さ、今、席を空けさせましたからね、こちらにお座り下さい」と、年寄りを座らせるのである。他にも、若者が座っているのを見つけたら「君は一体、何歳だ? 若いうちから席に座るもんじゃない」と注意して、立たせる。その他、携帯電話の使用や、大音量のヘッドフォン、車内での化粧や、大声での会話。なんでも見つけたら、その場で注意し、電車内のマナーを実力行使で向上させるのである。
——
な、、、なんかウザそうな電車ですね。。。。
昔は、子供が近所の大人に叱られたり、学校の先生から体罰を受けたりして、マナーや社会常識を学んだのである。しかし、今は体罰は禁止。他人のマナーに注意すれば刺されるかもしれない物騒な世の中になり、滅多なことでたしなめられることはなくなった。
こんな世の中だから、電車という、凝縮された空間を利用して、マナー向上を指導していくのである。ヨットを通して人格形成を行うどこぞのスクールではないが、電車を通じて人はマナーを知っていく世の中というのも、いいのではないか?
いわゆる車内マナーにとどまらない。泥酔した客を見つけたら、「酒は飲んでも飲まれるな。大の男がみっともない」と諭す。茶髪やピアスの若者を見つけたら、「親が泣いてるぞ」と言う。子供に注意しない母親には、母親に対して説教する。服装から言葉遣いまで何でも注意するのである。これこそ、現代社会に欠けてしまったことなである。
そいつを、電車という、ありふれた日常空間で補う。毎日電車に乗ることで真人間になっていけるのなら、こんなにすばらしいことはないではないか。