だが、単語に「いただく」をくっつけると尊敬語になるわけではない。
このエセ敬語には、いくつかの段階があるので、順を追って見ていく必要がある。
まず、「ご利用いただけます」は、「ご利用
していただけます」の「して」が省略されているのではないかという指摘があるのは、ある意味、当然である。確かに、「ダウンロードいただけます」は「ダウンロード
していただけます」と直せば幾分、自然になる。
だが、それは大した問題ではない。私の手元の辞書には、「いただく」の用法の一つとして「補助動詞」と書いてある。
いただく【戴く・頂く】
(1) 略
(2) 補助動詞。
1 自分のために相手に何かしてもらう意の謙譲表現。@動詞の連用形に、助詞「て」を添えた形の下に付く。*人情・春色恋廼染分解‐四「可哀さうだとか、不憫だとか、思ってさへ頂けば」A動詞の連用形に、敬意の接頭語「お」「おん」を冠した形の下に付く。「お考えいただきたい」B動作性の敬語名詞の下に付く。「お世話いただく」「御心配いただく」
2 相手に願って、自分が何かすることを許してもらう意の謙譲表現。動詞に使役の助動詞などの付いたものに、助詞「て」を添えた形の下に付く。「そうさせていただきます」「考えさせていただきます」
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) (c) Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版),(c) 小学館 1988
これによれば、(2)-Bの解釈として、「ご利用いただけます」ばかりか、「ダウンロードいただけます」も文法的に正しいことになる(
「ダウンロード」は「敬語名詞」ではない点はまずいが)。もっとも、この用法は、単に省略が定着しただけとも考えられるので、元々正しいと言えるものだったかは疑問が残る。
さて、こんなエセ敬語を使う人たちに私が分かって欲しいのは、この部分ではない。重要なのは、
「いただく」は「謙譲表現」であるという点だ。
上の引用にもあるように、この表現は「自分のために相手に何かしてもらう」ときに使う。敬語を尊敬語と謙譲語に分けた場合に、「○○いただく」は、謙譲語なのである。では、何という言葉の謙譲語なのか?
「○○してもらう」の謙譲語が「○○していただく」である。
というわけで、「○○する」の尊敬語が「○○いただく」なのではない。「○○してもらう」と言うべき場面で、自分がへりくだって相手に敬意を表するときに、「○○していただく」を使うのが正しいのである。
「ご利用いただく」の主語は、「貴方」ではなく、「私」であることにも注意したい。「利用してもらう」で主語が省略されていれば、普通は「私が、貴方に、利用してもらう」という意味だ。同じく、「ご利用いただく」は、「私が、貴方に、ご利用いただく」ということになる。つまり、視点が自分側にある表現とも言えるだろう。
「○○してもらう」という意味合いで使う「○○いただく」という表現は違和感はない。
「送ってもらう」→「送っていただく」「お送りいただく」
「世話してもらう」→「世話していただく」
「原稿を見てもらう」→「原稿をご覧頂く」「ご覧になっていただく」
よく使われる表現である「ご乗車いただきまして、ありがとうございます」「○○いただきまして、ありがとうございます」は、敬語表現をなくすと「乗車してもらいまして、ありがとうございます」となる。だが、これは変であろう。主語を省略せずに書くと、「私はあなたに乗車してもらいまして、ありがとうございます」となる。これでは意味不明だ。「乗車してくれて、ありがとう」が正しいはずだ。敬語表現に変えると、「ご乗車下さいまして、ありがとうございます」という具合だ。
さて、「ご利用いただ
けます」は、「ご利用いただ
きます」ではないことにも注意する必要がある。
「○○してもらいます」の謙譲語が「○○していただきます」
「○○してもらえます」の謙譲語が「○○していただけます」
「○○してもらえる」とは、どういう意味だろうか? 「○○してもらうことができる」ということである。この場合、可能は「して」の方ではなく「もらう」の方にかかっていると解釈するべきだろう(可能動詞「もらえる」)。「通訳してもらえます」と言えば、相手が通訳することができる(技量がある)かどうかという観点での「可能」ではなく、自分に通訳してもらえるかどうか、つまり相手がしてくれるかどうかという観点での「可能」となる。
では、どのような場面でこういう日本語を使うだろうか?
一つは、疑問形を装った依頼文である。「通訳してもらえますか?」とは、「私は貴方に通訳してもらうことができますか?」という意味であり、暗に通訳を依頼する表現として使われる。これを敬語にしたのが、「通訳していただけますか?」という表現である。
もう一つは、第三者が絡むときである。「あの人に頼めば、あなたはきっと通訳してもらえます」等である。この場合、「あの人」がよほど高貴な人でもなければ、目の前の「あなた」を下げてまで「あの人」をたてる必要はなかろう。つまり、このような場合で「通訳していただけます」と表現することは稀で、普通は「通訳してもらえます」で事足りるのである。
よって、「○○いただけます」という表現を使う場面は、意外に少ないはずなのである。
さて、最初に例に出した「ご利用いただけます」であるが、これは「利用してもらえます」の謙譲語である。たとえば、店が客に対して使う以下のような表現
各種割引券を、ご利用いただけます。
は、
各種割引券を、利用してもらえます。
の謙譲表現である。果たして、ここまで読み進んでくれた読者には、この一文がいかに意味不明で変な日本語かをお分かりいただけただろうか(笑)。
なお、念のためであるが、推奨されるべき正しい表現は次の通りである。
各種割引券を、ご利用になれます。
最後の「お分かりいただけただろうか」は、正当な表現である。これを理解してもらえれば、私の言いたいことは伝わったに違いない。「分かってもらえただろうか」と言うべきところを、自ら謙っているのである。主語「私は」が省略されている。
【免責】このページは、筆者の考えで構成されているものに過ぎません。筆者は国語の専門家ではないこと、記述の正当性は何ら検証されていないこと、記述を参考にしたり転用したりした結果について責任を持てないことをお断りしておきます。