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思想家T氏が語る
(先の暗い音楽業界)[シリーズ 2]
2011.8.30
(「(音楽業界の自業自得)」からのつづき)

——   そうなんです、昔の歌の方が、案外、いいんです。
 仮にヒットチャート・ランキングが誠実なものであったとしても、音楽ビジネスはなお、この事実から逃れられないだろう。昔の歌の方が、いい。

 なので、過去の曲のカヴァーが多くリリースされ、事実、売れている。

——   制作者の質が下がっているのでしょうか?
 というよりも、当然にして、曲そのもののネタが尽きてくるからだ。

 音階とリズムの組み合わせは、曲の長さが有限なら、有限である。100文字のアルファベットをでたらめに並べたときに文として成立する組み合わせがほんの一握りであるのと同じく、デタラメに並べた音符と休符のうち、曲として成立するのは一部であるし、「いい曲だ」と思わせるものは更に少ない。2〜3小節で区切ったとき、曲の一部が他の曲に似ていたり、全く同じになるのは、仕方のないことである。

——   昔、先生が、作曲は発明より発見に近いとおっしゃったゆえんですね。
 作曲者からしてみれば、自分の作った曲が、本当に自分のオリジナルであったとしても、過去に似たような曲がたまたま存在していないかは、非常に気になる。もし酷似した曲の存在が判明すれば、曲の発表は取りやめねばなるまい。そうでなくても、「あの曲に似てる」「この曲にそっくり」という評価は、作曲家の自尊心を最も傷つけるものだと言える。

——   マネだと言うことですか?
 マネであろうがなかろうが、避けがたい当然の現象として、後から発表されるものの方が、過去の曲と似ている率が高まる。

 自分で思いついたのか、それとも、記憶の彼方にあったものを思い出したのかの、区別がつかないことはある。作曲家は常にこのことに悩まされるのだ。いいメロディを作り出しても、過去に似た曲があると分かれば、盗作のそしりを免れるために世に出せなくなるだろう。

——   では、音楽業界に進歩はないのですか。
 進歩というのは、いつの時代も一様に起きるのではなく、ある特定の時期にギュッと濃密に起きるものである。科学技術も、20世紀の百年に勝るスピードでの進歩は、後にも先にも起こることはないだろう。

 音楽という分野でも、それは既に起きた。いろいろなジャンルが開拓され、世界が広がったのは、正に20世紀であったと言って良い。この先起こらないとは言わないが、明らかにペースはにぶる。

——   淋しいことですね。
 淋しい。というより、作曲家としてはやりがいがなくなるだろう。
 冒険家にとって、未踏の地が減っていくのと同じだ。北極も南極もエベレストも踏破され、一体どこに行けばいいのか。もはや「自転車で南極を横断する」「飲まず食わずでエベレストに登頂する」といったバリエーションで勝負するしかない。こういったバリエーションの追求は、現に音楽の分野でも起きていることだろう。

——   これからの音楽業界は、どのみち暗いのですね。
 実は、20世紀の後半を生きてきた我々こそ、音楽文化の成長と共にあった。新しいジャンルが開拓され進歩目覚ましい時期と、青春時代が重なっていたのである。そして、新しい曲が古い曲よりも洗練されていることが多かった。この時代に生きてきた我々は、非常に幸運だったと、感謝せねばなるまい。

(「(これからの世代が映画を楽しむために)」につづく)

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