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思想家T氏が語る
(CGが映画文化にとどめを刺す)[シリーズ 5]
2011.9.5
(「(泣かせる映画が、名作なのではない)」からの続き)

——   なるほど。でも、映画とは、感動させるばかりのものではなく、アクションやSFなど、映像そのもので楽しむ面もありますよね。
 その通りだ。アクションやスタント、特撮などを駆使して刺激的な映像を創る。これこそ、映像文化の醍醐味であったろう。

——   過去形ですか。
 コンピューターグラフィックス、いわゆるCGの技術が進んだことにより、様相は一変したといって良い。

 度肝を抜くようなシーンが映っても、「どうせCGなのではないか」と疑うから、興ざめであるし、素直に見られない。CGの黎明期は、「CGってすごい」という刺激もあったが、今や、CGの発達によって、もはや映像そのもので刺激を受けることはできなくなってしまった。

——   そういいますが、CGでも、実写以上にリアルなシーンが製作されています。
 すごいかすごくないか、とか、映像そのものの問題ではないのだ。

 例えば、ヘリコプターが爆破・墜落するシーンがあるとする。これは、本物のヘリコプターを惜しげもなく本当に爆破して撮影した、というところが、肝心なのである。そこまで想像してこそ、感心し、萌えるのだ。

 たといCGで実写以上の映像が作れたとしても、それでは、実写以下の価値しかない。

——   価値といいましても、CGも結構な制作費をかけている場合もあります。
 そうかもしれないが、10億円かけて制作したCGの爆破シーンより、1億円で制作した本当の爆破シーンの方が、私は、見たい。そして、命をかけて演じたスタントが見たいのだ。

——   どうしてなんでしょうね。ミニチュアなどを用いた特撮はどうなのですか。
 特撮は、まだ創意工夫の中にあり、それはそれで良い。だがCGは、アニメと似たようなものであり、言ってみれば、写真と絵の違いなのである。ここには、越えたと呼ぶべき確固たる一線があるだろう。実写映画の中でCGを駆使するのは、私に言わせれば「禁じ手」だ。

 そして制作者も、実写で困難なシーンをCGで代替する誘惑から逃れるのは、次第に難しくなってくる。

 CGは、「CG映画」なる独自のジャンルとしてファンを集め、その中で競い、評価されるのが公平というものだ。

——   CGでは、萌えませんか。
 萌えぬ。

 アニメやCGで描かれた絶世の美女は、実在する美女・女優を時に上回ることがあるだろう。むしろ、たやすいことだと言える。だが、それでもなお実在の美女の写真の方が、数倍、萌える。少なくとも、普通の男ならみんなそうではないか?

 「保存料・着色料を一切使用していません」という食品が売られているが、まっとうな映画は、「CGを一切使用していません」という表示がなされるのが良い。CGを使ったとたん、その作品は「CG映画」か「アニメ映画」、せいぜい「アニメと実写の合いの子」的な扱いを受けるべきなのだ。

 CGの技術が高度で高品質であればあるほど、それが故に、映像文化にとっては諸刃の剣なのである。

(「(エセ名作の条件 まやかしの面白さとニセの感動とは)」につづく)

閉鎖希望 さんのコメント:
婆亀! No.3
こまあす さんのコメント:
そうかなー。一生懸命見たらバカされてしまうよ。要は酔えるかどうかなので、CDでクラシックなんか聴けないっていうようなものじゃあないかな。贅沢だぞ。 No.1
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